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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)10932号 判決 1964年8月31日

原告 野田米八

被告 第三信用組合

主文

被告は原告に対し

(一)  金五〇、四二四円を、

(二)  昭和四〇年六月二八日に金三四〇、六〇〇円を、

それぞれ支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告と負担とする。

この判決の第一項(一)は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し(一)金二、二〇四、六〇〇円を、(二)昭和四〇年六月二八日に金三四〇、六〇〇円を、それぞれ支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

「原告は被告との間で定期預金契約をし、右契約にもとづき左記のとおりのそれぞれ定期預金債権をもつている。

金額        満期日   定期預金証書番号

(一)  金二〇〇、〇〇〇円 昭和三八年七月三日  一-三六八九

(二)  金五〇〇、〇〇〇円 同年八月六日     一-三七九〇

(三)  金五〇〇、〇〇〇円 右同日        一-三七九一

(四)  金 七二、六〇〇円 同年九月二八日    一-四六四

(五)  金二〇〇、〇〇〇円 同年一二月三日    一-四〇二八

(六)  金二〇〇、〇〇〇円 右同日        一-四〇二九

(七)  金三〇〇、〇〇〇円 同年一二月一八日   一-四〇六九

(八)  金 一六、〇〇〇円 昭和三九年一月一〇日 一-四一三七

(九)  金 一六、〇〇〇円 右同日        一-四一三八

(十)  金二〇〇、〇〇〇円 同年三月二日     一-四二九五

(十一)金三四〇、六〇〇円 昭和四〇年六月二八日 三-五八〇六

よつて原告は被告に対し、

(1)  弁済期の到来した(一)ないし(十)の定期預金債権の支払。

(2)  被告は弁済期の到来した同種の債務である右の各定期預金債務についてさえ履行しないので、弁済期未到来の右(二)の債務についても弁済期に履行しないおそれがある。よつてこの債務の弁済期における支払

をそれぞれ求める。」

被告訴訟代理人は「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因事実について「被告が原告との間で原告主張のとおりの定期預金契約をし、原告主張のそれぞれの定期預金債権を有する事実は認める」と述べ抗弁として次のとおり述べた。

「一、被告は原告に対し原告の被告に対する預金の範囲内において手形貸付の方法により

(一) 昭和三七年三月二八日金六〇〇、〇〇〇円を利息および損害金は日歩三銭、弁済期を同年四月二六日とする約定で貸付け交付し、

(二) 同年四月一八日金五五〇、〇〇〇円を利息および損害金は日歩三銭、弁済期は同年七月一六日とする約定で貸付け交付し、

(三) 同三八年一月二五日金二〇〇、〇〇〇円を利息および損害金は日歩三銭、弁済期は同年五月二四日とする約定で貸付け交付し、

(四) 同年三月一日金五〇〇、〇〇〇円を利息および損害金は日歩三銭、弁済期は同年六月九日とする約定で貸付け交付し、

(五) 同年四月三日金三一〇、〇〇〇円を利息および損害金は日歩三銭、弁済期は同年八月一〇日とする約定で貸付け交付した。

その後(一)、(二)について弁済期を昭和三八年四月三〇日と合意で変更した。

二、右契約をするについてはいずれも、

(一) 原告は訴外青柳勝久(以下青柳という)をその使者として被告と契約した。

(二) 仮に青柳が原告の使者でなかつたとしても原告から代理権を与えられていたので被告は原告代理人青柳と契約した。

(三) 仮に原告が青柳に対して代理権を与えていなかつたとしても次の要件があつたから被告は原告の表見代理人である青柳と契約した。

(イ)  原告は被告に対し、昭和三四年頃青柳に対して原告の実印および印鑑証明書を交付して被告のもとに行かせるから同人に金員を交付してほしいとの表示をし、被告は右表示に従い金員を交付したことがある。

以後も原告は青柳に自己の実印および印鑑証明書を交付して青柳が原告代理人として被告と金銭消費貸借契約をして金員の交付を受けており、しかも原告は被告に対して青柳の交付を受けた金員の確認をしていた。

よつて右契約をするについて青柳の代理権が消滅していたとしても被告はその事実を知らなかつたから原告は青柳のした代理行為について責任を負うべきである。

(ロ)  前述のとおり原告は青柳に対し金員借入について代理権を与えた事実があること、その後も引続き原告が青柳に実印および印鑑証明書を交付していたこと、から原告は青柳に右契約をするについて代理権を与えたと被告に対して表示したものといえる。

そして被告が青柳において右契約をするについて原告を代理する権限があると信じることについて正当の事由があつたといえる。

よつて青柳は原告の表見代理人であるから原告は青柳が原告代理人としてした右契約について責任を負うべきである。

三、被告は原告に対し、昭和三八年一一月八日前示(一)ないし(五)の貸金債権元利金および遅延損害金合計金二、二六五、四九六円と原告主張の定期預金債権元利合計金二、六三六、五二〇円とを対当額で相殺するとの意思表示をし、右意思表示は翌九日原告に送達された。

よつて原告の被告に対する定期預金債権は右相殺の範囲で消滅した。」

原告訴訟代理人は被告の抗弁に対し次のとおり述べた。

「被告主張の相殺の意思表示の到達したことは認める。しかし被告が相殺に供したと主張する原告に対する貸金債権元利金および遅延損害金合計は金二、二三五、四九六円であり、同じく相殺に供された定期預金債権元利合計は金二、六二六、五二〇円である。

原告は被告と被告主張のような金銭消費貸借契約をしたことはない。青柳は原告の使者でも代理人でもない。

また原告が被告に対し青柳に右契約をするについて代理権を与えたと表示したことはない。

原告は昭和三四年頃一度だけ金六〇万円の借入について青柳に代理権を授与し、その旨を被告に表示したことがあるにすぎない。

その後原告が青柳に実印と印鑑証明書を交付したことはある。

仮に被告が青柳を原告代理人であると信じたとしても被告は信用組合であり、従つて金融機関としての性質上原告に対して青柳に代理権を与えたか否かを確認するべき義務があるのにこれを怠つていたから被告には青柳を原告代理人と信じるについて過失がある。

むしろ被告は青柳に原告又は架空名義の原告の預金を知らせて貸付をなしていたもので悪意とさえいえる。」

証拠<省略>

理由

一、(原告の主張する定期預金債権の存否およびその元利合計金額について)

原告が被告との間に原告の主張するとおりの定期預金契約をし、それぞれの定期預金債権を有することは当事者間に争いがない。

右定期預金債権の元利合計金額について原告は昭和三八年一一月九日の被告の相殺の意思表示を援用して金二、二六二、五二〇円であると主張し、被告は金二、六三六、五二〇円であると主張する。

よつて右金額について金二、六二六、五二〇円の範囲内においては当事者間に争いがない。

右金額が金二、六三六、五二〇円であることは本件全証拠によつても認められない。

二、(被告の相殺の抗弁について)

(一)  (原告と被告との間の被告主張のとおりの金銭消費貸借契約の成否について)

1  青柳が被告と被告主張の五口の金銭消費貸借契約(以下本件貸金契約という)をするについて原告の使者であつたということは本件全証拠によつても認められない。

2  青柳が被告と本件貸金契約を結ぶについて原告から、代理権を与えられていたことは本件全証拠によつても認められない。

3  原告が被告と昭和三四年頃金六〇万円の金銭消費貸借契約を結ぶことについて青柳に代理権を与え、その旨を被告に表示したこと、その後原告が青柳に対して原告の実印および印鑑証明書を交付したこと、のあることは原告も認めている。

成立に争いのない乙第三号証、証人関口益弘、同八谷哲郎、同川島俊雄、同青柳勝久の各証言(いずれもその一部)を総合すると、青柳が被告と本件貸金契約を結ぶ都度原告は青柳に対してその実印および印鑑証明書を交付していたこと、原告と被告との間に昭和三四年から昭和三七年までの間に少なくとも数回に亘つて青柳を介し本件と同じ態様の貸付がなされており、いずれも青柳が原告の代理人として行動していたもので、これ等の貸付は原告の定期預金債権の範囲内で金員を被告が貸付けるいわゆる内貸の方法でなされていたことを認めることができ、右認定に反する前記証人の証言の部分および原告本人尋問の結果は措信せず、右認定を覆すにたりる証拠はない。

以上認定事実から判断すると原告は被告に対して本件貸金契約についても以前に青柳を代理人としたときと同一の外形を与えたものといえる。

特段の事情のない限り同一当事者間で同一種類の数個の契約が同一の態様で結ばれる場合に、いずれの契約を結ぶについても同一人に契約締結権があるとの同一の外形を与えた者が先の契約をするについてその者に代理権を与えているときは、後の契約をするについても前と同一の代理権を与える意思を表示したものと推定するのが相当であるから、以上認定の事情のある本件では原告は被告に対して青柳を本件貸金契約をするについて原告の代理人としたとの表示をしたものと解するのが相当である。

原告が認めている昭和三四年から本件契約まで数年の間隔があるけれどもその間にも同様の貸付がなされたこと、前認定のとおりであるから右間隔の存在は右の見解を左右するにたりないものと考える。

原告は被告が青柳において原告を代理する権限があると信じたことについて過失があり、又は悪意であつたと主張するので、その点について判断すると、前示のとおり原告は以前に青柳を代理人として同様の貸金契約をしたことがあり且つ原告は被告に対し青柳に本件貸金契約を結ぶ代理権を与えたと表示したものと認められるところ、前認定の事情にある本件では右表示により青柳に真実の代理権があることが当然に推定されるものというべく、従つて右推定を覆すにたりる事実のない限り被告が金融機関だからといつて原告主張のように被告に真実の代理権の存否を調査確認する義務はないものというべきである。従つて証人関口益弘の証言および原告本人尋問の結果によれば被告が原告に対して本件貸金契約をする代理権を青柳に与えたか否かを確かめていなかつた事実を認めることができるけれども、そうだからといつて被告に過失があつたとはいえない。

証人関口益弘、同八谷哲郎、同川島俊郎の各証言によると被告の係員が時々本件貸金契約の内容について原告に話したことがあつたが、その際原告がこれを否定したり異議を述べたりした事実は一度もなかつたことを認めることができ、原告主張のように被告が悪意であつたとの事実は本件全証拠によつても認められない。

よつて原告は被告主張の本件貸金契約について責任を負うべきである。

(二)  (相殺の自働債権について)

成立に争いのない乙第三号証、証人青柳勝久、同関口益弘の各証言によれば本件貸金契約が被告主張のとおりの内容であつたこと(ただし本件貸金債権元利金および遅延損害金の合計金額の点を除く)が認められる。被告は本件貸金債権元利金および遅延損害金が合計金二、二六五、四九六円であると主張し、原告は被告の相殺の意思表示を援用して金二、二三五、四九六円であるると主張するので、金二、二三五、四九六円の範囲内では当事者間に争いがないところ、右金額が金二、二六五、四九六円であることは本件全証拠によつても認めるにたりない。

(三)  (被告の相殺の意思表示と充当について)

被告が原告に対し昭和三八年一一月九日本件貸金契約による債権元金および遅延損害金をもつて原告の主張する定期預金債権元利合計と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。右相殺に供された自働債権額は前示のとおりである。ところが被告が右相殺の意思表示をしたときに受働債権である原告の定期預金債権のうち前示(五)ないし(十一)は弁済期が到来していなかつたことは前認定のとおりである。

しかし右意思表示により被告は右相殺に供される限度において定期預金債務の期限の利益を放棄する意思をも默示的に表示したものと解するのが相当である。右期限の利益は定期預金債権をもつ原告も又これをもつものであるけれども、金融機関が自己に対して定期預金債権をもつものに対して内貸の方法で金銭を貸付ける場合においては、金融機関は自己の負う定期預金債務がいまだ弁済期になくとも任意に期限の利益を放棄して弁済期を到来させることができるとの慣行が金融業界にあることは当裁判所に顕著な事実であるから、結局右(五)ないし(十一)の定期預金債権についても相殺に供された限度において弁済期が到来したものとみることができる。

そうすると原告が被告に対して現にもつ定期預金債権は右相殺により消滅した部分を控除した元利合計金三九一、〇二四円が残存することとなるが、特別の事情の認められない本件では法定充当により前示(十)の定期預金債権の元金の中金五〇、四二四円と(十一)の定期預金債権は残存しているものというべきである。

三、(相殺に供されなかつた(十一)の定期預金債権について)

同種の定期預金債権につき現に債務者が履行を遅滞している以上、将来弁済期の到来する前示(十一)の定期預金債権についても現在給付義務を確定しておく必要が認められる。

四、(むすび)

よつて原告の請求を右の限度において認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言については主文(二)については必要がないからこれを却下し、(一)について同法第一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一)

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